プロフィール

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名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2016-10-01

安曇野の名残り


< 初夏の安曇野 F50 >

安曇野シリーズは3作で終りにしたのですが、今回のは4作目。わたしの町の秋の展覧会に出したものです。穂高市御法田からのスケッチ(2016-06-20)を描きなおしたものです。なぜ他のではなくこの絵にしたの?と訊かれます。大きい50号(約117cm x 91cm)にしやすかったからですが、一番の理由は、元の10号のスケッチに「こうすればよたかった」というところが何ヶ所かあったからで、大きくするときにいっしょに直そうとしたわけです。では、これは会心の作になったか? なかなか、、どこまでも新しい悩みが出てくるものです。

市展を主催している生涯学習課から議長賞に選ばれたと連絡がありました。5月に出かけた安曇野を題材に4点ほど描いたことになりますが、最後に良い締めくくりになるニュースが聞けました。
  
< 初夏の安曇野 P10 2017.2 >

同じテーマでもう一枚、構図を少し変えて描きました。気に入ってもらったAさんの玄関に飾ってもらっています。
  

待ち遠しい秋


< 雨上がりの公園 F6 2016-9 >

ちょくちょくやって来た台風のせいもあって8月後半から9月いっぱい、雨がよく降りました。カンカン照りの暑さで屋外のスケッチは辛いですが、長雨は最悪です。撤退する以外、対策の立てようがないですから。

今月の一枚は近隣の公園でのスケッチです。はじめパラパラしてた雨も直ぐ上がって、2時間ぐらいしたら日が差してきました。薄暗かった公園がパット明るくなったのにつられ、絵の調子もあかるくなった気がします。陽があると気分が変わるみたいです。

いよいよ10月、落ち葉がカサコソと音を立てる、乾いた空気に入れ替わってもらいたいものです。
   

2016-09-01

横浜・山手の一角



< 霧笛橋(横浜・山手) F6 >

小学3年か4年の子どもたちが元気に遊んでいました。ときどき私の後ろに回って絵を覗きこんだりしていました。「今日は遠足?」。「ピクニック、うん遠足ともいいます」。近くにアメリカンスクールがあるのでそこの子どもたちだと分かりました。先生がみんなを集め何か話していると思ったら、ハッピーバースデーの歌が聞こえてきました。しばらくして引き上げていくと、広場が急に静かになりました。

ここは霧笛橋の下です。大佛次郎記念館と神奈川近代文学館をつなぐ、ちょっと贅沢な連絡橋です。港の見える丘公園のすぐ南にありますが閑静な場所です。港までは距離があるのでここで霧笛を鳴らしたとは思えません。確かめてはいませんが、大佛次郎の明治の横浜を舞台にした小説「霧笛」から取ったのでしょう。そういえば向こうに見える記念館の喫茶室もたしか「霧笛」でしたか。
  

2016-08-01

たまには立ち止まって


< 梅雨のころ(厚木・荻野川) F6 >

東海地方まで早々と梅雨明けでした。どうして関東はまだかちょっと不思議でしたが、そのあと冷たい北東の風が入り込み、7月下旬だというのに梅雨冷えのようになり納得しました。7月が終わりに近づいてやっと関東地方も梅雨明け。しばらくは水分補給に気をつけ暑さと格闘です(たぶん)。

こんどの一枚は厚木市の北を流れる荻野川沿い(相模川の支流)の田園風景です。梅雨の真っ最中のころで、大山から続く峰は雲に覆われていました。正面に”横浜牛”(このとき初めて聞きました)を生産していた牛舎。両側の土手は近くに住む人たちの朝の散歩コースになっていて、けっこう人通りがありました。「いつも見てるけど絵にするとキレイだね」と声をかけてくれました。たまに立ち止まって眺めると なにか見えるのかも。
 

2016-07-10

安曇野、白馬をまわって (3)

< 安曇野展望(池田町・望美術館前) F10 >

このシリーズ3作目、といってもこれで終わりですが、展望美術館(正式には池田町立北アルプス展望美術館)のすぐ前から眺めた安曇野と有明山、さらにその先の北アルブスです。6月10日「初夏の安曇野」に載せたスケッチを油絵にしました。明るい午後の陽が田植えの終わった田圃に映って眩かったです。

こんど来るまで、安曇野は田圃や林が殆どで、緑のなかに農家が点在するイメージを抱いていましたが、おもった以上に建物が多くて驚きました。事業を行う工場や事務所などもあって、ここも変貌途中にあるのだと印象を強くしました。

スケッチポイントを探す折に、平地からやや上がった所にある集落に迷い込んだりしました。細くてくねくねした道を通りぬけながら、山からの水が集まる平地ではなく、やや高いところを選んで住んだ昔の人達の知恵に感心したりしました。