プロフィール

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名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2018-12-01

150年の長さ


< 山の辺の道 F6 2018.11 > 
 
 明治維新が1868年。それから今年で150年。比べ方によって近かったり遠かったり感じる時間です。国が形作られた時代と比べると昨日のようだし、それから大きな戦争が3回もあったと考えると遠い昔に思われます。

先月、奈良の山の辺の道を1/4ほど歩く機会がありました。歴史ある寺社や集落、数多くの古墳が散在する地域です。石上神宮(いそのかみじんぐう)から南へ少し歩いたところに内山永久寺跡がありました。かつては多くの伽藍があり、西の日光といわれるほどの大寺院だったそうです。しかし明治の廃仏毀釈に遭い廃寺になってしまいました。

少し高くなった休憩所からに見下ろすと、かつての寺域は農地に変わって跡形もありません。唯一本堂池が残るのみでした。池端に「うち山やとざましらずの花ざかり」と刻まれた芭蕉の句碑がありました。圧倒的な変貌に150年の長さを感じます。
  

2018-11-01

久しぶりの二人展


< 横浜税関前 F6 2018.10 > 

  いつの間にか11月、そろそろ1年の締めくくり。古い友人と小品を数点展示する計画が具体化して、12月に二人展を開くことになりました。この機会に新しいのを2点追加しようと意気込んで描いています。その1つが今日の作品です。 

横浜港発祥の場所、現在ではその形から「象の鼻」と呼ばれている波止場の先端から眺めた横浜官庁街です。対岸の公園は、2009年に開かれた開港150年記念に合わせて造られた象の鼻パーク、その向こうが横浜税関の塔のある建物です。まだ桟橋がなかった昔、手漕ぎの艀がこの船溜まりと沖に停泊した外国船を行き来し、人や物を運んだのでしょう。
   

2018-10-01

「日本人」て誰?

< プレイタイム F30 2018.8 > 

  夏の暑い盛りに描いた一枚です。汗だくで描いたのは秋の展示会に出すためでした。5月のスケッチを元にしたのですが、内容的な変化はなく背景を入れ替えただけで終わりました。

日本人がU.Sオープン女子で初めて優勝したとマスコミは大騒ぎでした。優勝は快挙に違いないですがもう少し冷静になれないのかな。今度の場合、すぐあとに日本に来たこともあって、本人や家族の動向を流していました。同じ日本人という意識からこれだけ騒ぐのでしょうが、プロとはいえさぞかし疲れたことでしょう。世界で戦う一テニスプレーヤーと見てあげたいです。

今度は飲酒ひき逃げの被告が保釈され、警察署を出てくる映像が放送されていました。「日本中が固唾をのむ、、」とアナウンサーがトーンを上げて喋っていました。え、日本中が? 勝手に一緒にしないで欲しいなあ。騒ぎに乗じないと日本人でなくなってしまうの?
  

2018-09-01

断層が走る美しい安曇野

< 安曇野展望・2018 F10 2018.7 >   

スムーズに走れたし場所も憶えていたので3時間で到着。池田町北アルプス展望美術館の駐車場に車を止め、平野が見下ろせる場所を決めました。2年前は有明山に向かって描きましたが、今日は半分雲に覆われていたので、目は自然に北西に向かいました。白く輝く雲を背負いながらも蓮華岳から鹿島槍ヶ岳がよく見え、その手前に緑濃い安曇野が広がっていました。

国土地理院の活断層図を見たことがあります。ちょうどこの丘を下った辺りを松本盆地東縁断層が走っていて、2014年の地震で白馬村や小谷村に被害をもたらした神城断層につながっているそうです。美しい景色を眼にしながら、悠久な大自然の営みを感じました。

幸い木陰で描くことができたものの、ときどき脛まで上がってくるアリに噛みつかれたのには参りました。
   

2018-08-01

穂高川に沿って


< 穂高の疏水 F10 2018.7.3 >   

晴れて暑かったので、木陰でいい場所はないか探しましたが、見つかりませんでした。木陰を諦め腰を落ちかせたのが安曇野市穂高の清流が合流する所。ワサビ田が点在する地区です。静かな佇まいの集落のむこうに有明山が見えました。

描き始めて、ここは地元の人がやってくる場所だと気づきました。トラクターを駐めてホースを洗いにきた青年。むかし転勤でこの街に来てそのまま住んでいるという人は、今日は釣れないと言いながら愉しそうに話していきました。軽トラで通りかかった農家の人は、私の車のプレートを見て、若い頃に近くに居たことがあるが、戻って来てからもう30年だと懐かしく話す。

午後になってジリジリ照りつける陽にたまりかね、左手のパレットを傘に持ち替え、右手に筆の二刀流でしばし奮闘しました。
  

2018-06-29

もう終わり?



< 蓮の咲く公園 F6 2018.6 >

いよいよ本格的な梅雨に突入。梅雨前線が南北に少し動くだけで晴れになったり雨になったりで、週間天気予報はあてにならない。雨が上がったのを確かめて出かけた公園に、ちょうど蓮が咲いていました。大きくて明るい葉の上にピンクの花が開いて、夢見るような色合いでした。極楽浄土に咲く華とはよくいったものです。

と 2週間前に描き出したものの、今日(6月29日)は雲ひとつない青空です。梅雨明け頃に吹く南寄りの強風、白南風【シラハエ】も吹いているし、ひょっとしたら関東は梅雨明け? やはり気象庁の発表がありました。平年より22日も早く、6月に明けるのは初めてだそうです。それにしても こんなに早く発表していいの? 梅雨を前提にこの絵を描いていたので戸惑ってしまいました。
  

2018-06-01

勝手知ったる

< プレイタイム F15 2018.5 >

絵本よりもゲームのほうに興味があるみたいです。でもデッサンする30分ほど動きづめでした。ちょくちょく来ているうちにずいぶん慣れてくれ、帰る時はハグも、手を振ったりもしてくれます。しかしもうすぐ日本を発ってしまうので、最期(?)にこの一枚を描きました。

2016.11 と 2017.3 の記事で紹介した近所の若夫婦、お母さんと娘さんです。もう1歳半になりました。うちに来ると 自分で靴を脱ぎ 直行する先は決まっています。リビングのテーブルにある木彫りの鳥のデコイ。持ち上げては「ダーダー」と声を出しながら絨毯の上に転がします。最近は力がついて軽々持ち上げるので、投げるのではないかと心配になることも。飽きると台所に走り込み、裏にキーホルダーがついている扉を開け、ガチャガチャ音を立てながら鍵をフックから外したり掛けたりします。こんな一人遊びを歓迎しながら、なんとか今回のポーズにたどり着きました。
  

2018-05-01

ルクソールの夕陽


< ルクソールの夕陽 P10 2018.4 >

冬から春にかけては寒さや花粉症の問題があって外に描きに出る機会がなくなります。今年の3月は別な事情でさらに家に留まることが多くなりました。ブログに載せる油絵の在庫がなくなったのでスケッチブックから掘り起こしました。

エジプト旅行の一コマです。ルクソールからカイロに向かう夜行列車に乗る前でした。ちょうど陽が沈むところで、ホテルのベランダからスケッチしました。昼間の喧騒がパタリと途絶え、まるで時間が止まったようでした。あちこちの遺跡を慌ただしく見学していた昼間には思いもつかないゆったりとした時間になりました。ナイル川から吹いてくる風はヒンヤリして、何隻かのファルーカ(帆掛け舟)がシルエットになって見えました。水の上から観光客が 遺跡の街と夕日を 眺めていた気がします。
  

2018-04-01

街の靴屋さん


< 街の靴屋 F10 2018-02 >

ときどき前を通る街の靴修理屋さん。毅然とした雰囲気が職人らしくていいなと興味を持ったわけです。だいぶ経ってから描き始めたのですが、その頃には別な人に替わってしまいました。不思議なことに替わったお陰で描く意欲が高まったようです。描き終わりの署名を入れてから眺めると、今もどこか別の店で同じような仕事ぶりをしてるような気がしてきます。さて、この人物のモデルは?と質問がでそうですが、誰でもありません。記憶にあるいくつかの像を重ねたモンタージュのようなものですから。
  

2018-03-01

タリンの旧市街


< タリンの城壁 F10 2017.8 >

スイスからの帰りの便がヘルシンキ経由だったので、ついでにと数日滞在することにしました。ヘルシンキから日帰りで往復できるエストニアの首都、タリンの旧市街を見学したかったからです。日曜の朝のフェリーで出発、約2時間でタリンの港に着きました。中世からの城郭がきれいに残っていると聞いていました。

ストリートビューで事前に道順を当たっていたし、日曜とあって観光客も多かったので迷うことなく旧市街に着きました。ビールと黒パンで腹ごしらえをしてから石畳の小径に沿って散策。そこで見つけたのが、北西側にある Plate Tower (torn) の開口部と聖オレフ教会の尖塔の眺めです。間近にある塔のスケールが余りに大きくて、全体のバランスをとるのが難しかったなぁ~
  

2018-02-01

山の帰り道


< 牛飼い P15 2017.8 >

昨年8月、スイスのアルプスに近い処に1週間ほど滞在しました。晴れた日、ロープウェーで 2,650 m の山に上りアルプスの峰々を眺めました。余力十分だったので帰りは歩くことにしました。しかし下りの砂利道をスニーカーで歩くのは楽ではなかったです。しかし、その地域で一番大きな街、クールが一望できたりと、いいこともありました。

半分ほど下り、幾分なだらかな場所に来ると、牛が数頭づつかたまり寝そべったり草を食んでいました。そこで遭ったのが今回の絵にある人です。夏の間 放たれている牛を見回っているそうす。種付けをした牛だそうで、秋の終わりに麓の牛舎に戻ったあと出産するのだと話してくれました。数なのか健康状態なのか分かりませんが、周囲の牛をしばらく見渡したあと、軽快に山道を横切り丘の向こうに消えていきました。
  

2018-01-01

孫とコラボ


< A2サイズ 2017.11 >

新年おめでとうございます。2018年のスタートです。

昨年11月、「孫と年賀状を作ったらさぞ愉快じゃないか」のアイデアから、cafe SweetJAM の仲間たちが、夫々の趣向を凝らした作品を完成させました。

わたしの小2と小6の孫は遠い所に住んでいるため、描いてもらった干支の絵は、今風にネットで送ってもらいました。それ等に数年前のスケッチを組み合わせ、出来上がったのが今回のコラージュです。同じテーブルで一緒に作業できたらもっと面白かったかもしれませんが、絵でやり取りできたのは楽しかったです。下の方はまだ天真爛漫に描いていました。いっぽう上は、いつの間にか影を付け奥行きを出しています。2人の描き方の変化に気づくいい機会でもありました。

今年もお付き合い、よろしくお願いします。