プロフィール

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名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2006-10-31

マツタケ採りと沢登り


10月の半ば、マツタケを探しに3人で熊のテリトリーを歩いてきました。10年前にも行ったことがあって、その時は幸運にもマツタケを見つけ感動したものです。その喜びをもう一度、と期待をもっての入山でした。

こういう時は5時起きがあまり辛くない。1時間半ほど国道を走ったあと林道に入ったが、幾度の豪雨で荒れていた。人の頭大の落石を避けながら進む。次第にブッシュがひどくなり、道もぬかるんできたので車を止めて歩くことになる。以前は砂防ダムが林道の終点だったが、今回は15分ほど余計に歩くことになる。砂防ダムから先は沢を登るしか道がない。ザックから下げた熊よけ鈴が か細く鳴る。鈴の鋭い音も自然の中ではすぐに吸収されてしまうみたいだ。3人が順番に、口にくわえた呼子を吹く。スパイクの付いた地下足袋が川原の石を踏むたびに音を立てる。歩きやすい場所を探しながら何度も流れを横切る。初めのうちは濡れないよう石の上を渡っていたが、目的地に近づくころには楽しむように水の中を歩いていた。10年前、小さな川原でカモシカの朽ち果てた頭蓋骨を見つけたが、その場所の見当さえつかないくらい 沢筋の景観は変わっていた。
  

2006-09-01

家庭菜園


仕事から離れてやりたいと思うことの中に、結構多いのが家庭菜園、というか野菜作りだそうです。理由は、自然回帰の願望を持っているからだとか、食と健康への強い関心からだとか、生育と収穫の喜びを味わえるからだとかと、いろんなことが言われています。

先日、北の町に住むHさんから箱一杯の野菜を送ってもらいました。ほとんどが90坪ある家庭菜園からの収穫だそうで、中にはスイカまで入っていた。天候不順で今一の出来ということでしたが、スーパーから買ってくる野菜よりも味や形に個性があって美味しいと思った。なによりも、親しいHさん夫婦が手をかけ育てた野菜だと思うと余計味わい深くなる。

イタリア料理が好きなわが家では、料理で必要になったら摘めるように、小さな庭の隙間や家の脇に手がかからないハーブが何種類か植えてある。ほとんどが野放し状態のせいで、採ろうとしたら イタリアン・パセリが大きな芋虫にほとんど食べつくされてしまっていたとか、フェンネルが葉の時期を過ぎて種ばかりになっていたとかで、どれだけ役に立っているか分らない家庭菜園であります。

追:フェンネルの種を差し上げます。欲しい方はご連絡を
  

2006-07-24

長梅雨と犬


梅雨型の気圧配置がなかなか解消しないまま7月下旬に入り、この調子だと梅雨明けは8月になるのだろうか。不気味なことに、二酸化炭素が増え続け、地球温暖化が進行する時の傾向と同じだそうで、ひょっとするとこれから毎年起こる現象なのかもしれない。とにかく豪雨で被害に遭われた人たちの分まで早い梅雨明けを願いたい。

わが家に12年飼われている"SAID"プードルは、毎年この時期にモップのように伸びた毛をトリミングされ夏型に変身する。衣替えのつもりだが、彼にとって体中いじられるトリミングは迷惑千万のようで、いつも後ろ足を踏ん張って無駄な抵抗を試みる。

短く刈り込まれ涼しげになって帰ってきた彼を見て喜ぶのはもっぱら飼い主とその家族だった。彼は戻ってくるなり「ああ疲れた」と言わんばかりにフローリングの床にお腹をくっつけ、飛行に失敗したムササビのように這いつくばって長くなってしまった。床の冷たさが気持ちいいのだろう。飼い主は、涼しくしてもらって 少しでも感謝のしぐさをすればいいのに と思っているのだが、彼はそんなことはお構いなしで、トリミング前と同じ格好をした。これが彼流の ちょっとした反抗なのかもしれないと思った。
  

2006-06-02

遠足

今年は連休が終わってから雨のぐずついた日が続いた。晴れてくれないかなあと期待しながら いつものように天気予報を見ていた。5月下旬の雷雨の夜、明日は「快晴」の予報がでた。

おいしい空気を吸いたくて、家から1時間ほどで行ける山道を散歩することにした。蓑毛でバスを降り 沢沿いの緩やかな道をだらだら登りはじめる。木曜日とあって静かだ。昨夜の雨で流れ出した落ち葉が道端に溜まっていて軟らかい。覚えたばかりの「ウワバミソウ」(山菜)を見つけた。しばらく歩くと道は沢を渡り杉と落葉樹の林に入る。思いがけず前のほうから子供の声が聞こえてきて しだいに大きくなる。幼稚園児の列だ。小さく華奢な足でゴツゴツした山道を飛び跳ねるように歩いていく。こんにちは、と元気がいい。

幼稚園児の遠足は動物園とか遊園地に決まっていると思っていた私には以外だった。樹木がうっそうと茂った石ころ道でも楽しそうだし、表情は生きいきしている。引率する人たちは大変かもしれないが、想定されるリスクを十分考慮しているなら、とてもよい教育プログラムだと思った。
  
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2006-05-15

コゴミ畑

< コゴミ畑 水彩 >

10年ほど前から春の楽しみが一つふえた。年齢のせいかもしれないが 山菜がこんなに美味しかったのかと気が付いたのだ。それから毎年春になると山菜目当てに北国に住むHさんを尋ねている。

山菜の種類によって採取する場所はだいたい決まっているが、最適な時期となると年によって変わるので 当たりはずれがでてしまう。山に詳しいHさんでも現地に行って見なければ分からない。それが今年はよく分かった。

只見川が流れるその町の積雪がゼロになったのは4月の半ば。二週間後の29日、いつもの場所に向かった。国道をはずれ 木立の中を登ると道の両脇にはまだ1メートルほどの残雪があった。たぶん林道は歩きだろうと覚悟を決めていたが 幸い除雪されていて 近くまで車で入れた。

コゴミが豊富に採れることから ”コゴミ畑” と勝手に呼んでいるその場所は杉林に囲まれているが、町を見下ろすコゴミ畑の急斜面だけが、救われたように手付かずで残っている。山葡萄の蔓が絡まった潅木をくぐって斜面に下りると視界が開ける。遠くには白く輝く御神楽岳と連なる峰々、眼下には只見川の深い水と谷間の町、この変わらない風景を目にすると心が安らぐ。

今年のコゴミ畑にはまだ多くの雪が残っていて、春の到来を遅らせていた。斜面に残る雪のあちこちに、先客の野うさぎが来た痕跡を見つけた。数十年ぶりの豪雪と戦い、枝をもぎ取られてしまった大木が、遅い春の日差しを受けて立っていた。足元を見ると出たばかりのコゴミがいくつか頭をもたげていた。
  

2006-04-23

今年はじめての山歩き

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今年のスギ、ヒノキ花粉は いよいよ終焉の時期になってきた。これまで2ヶ月ばかりの間 山へ出かけたいと思っても 花粉が気になり なかなか決行できなかった。

そんなわけで 今年初めての山歩きは 今日やっと実現した。ヤビツ峠から三ノ塔に登り 戸川公園(大倉)に下る4時間弱のコースで、冬の間に鈍った足を慣らすにはちょうどよい距離です。

うす曇のわりに三ノ塔からの視界は良好だった。タンカーらしきものが点在する東京湾越しに房総半島が横たわり、その右に大島、伊豆半島と続いているのを目にすると、相模湾が一つの大きな湖のように見えてくる。そんなことをぼんやり考えていると わたしがいま座っている丹沢山地や伊豆半島が 数百万年まえに南の海からやってきて 本州に衝突して出来たという 自然の壮大なドラマが見えてくるような気がしてきた。

風に吹かれ寒くなってきた。顔を空に向けると 太陽の回りに光の大きな輪ができていて 気分はますます自然の中に溶け込んでいった。
  

2006-03-26

マイペース プラス

学生のころ読んだ小説に、主人公の学生が海辺に住んでいる先生を訪ねた時の話がありました。昼過ぎだっか、その先生はチョッと待つように言うと、縁側からスタスタ庭を横切って浜辺まで下りていき、着ていた浴衣を脱ぐと沖に向けてまっすぐ泳ぎ始めた。姿が消えかかるほど沖まで行くと、くるっと向きを変え、今度はまっすぐ浜辺を目指して戻ってくる というものでした。その光景が印象的で面白かったので、同じように泳いでみようとしたことがあります。沖に数百メートル泳いだでしょうか 振り向くと浜辺の人たちは小さくなって 頭も体も区別できないくらいになっていた。そろそろ引き返そうかと立ち泳ぎの姿勢になったとたん、体中が氷水につかったように冷たい。突然なことで 息がとまりそうになりました。一瞬ですがパニック状態になったんだと思います。夏の青い空、明るい太陽、遠くの砂浜の人影、しかし周は、時間が止まったような静寂の世界でした。 元の泳ぎの姿勢に戻り、普通に呼吸できるまで ほんの数秒だったかもしれませんが、長く感じた一瞬でした。
 

それから長い間 泳ぐことから遠ざかっていましたが、2年前から運動不足解消のため泳ぎ始めました。もちろんプールでです。週一回のクラスでした。自分の体力や技量を棚に上げ、会費を払ってどうしてこんな苦しい思いをするのだろう、と思ったこともありましたが なんとか1年半続きました。今年からはクラスをやめ 自由に泳いでいます。自由にといっても 目標がないとすぐに止めてしまいそうなので 昔読んだ小説の「先生」を思い出し 遠泳を始めています。しかし 25メートルプールでは泳いだ距離を測るのは大変です。ターンの回数を数えるにしても20回、30回になるといい加減になってしまいます。そこで始めた簡便法は 連続して泳いだ時間を50メートル泳いだ時の時間で割って算出する方法です。「今日は75分間、3Km泳いできた」などと自慢げに話しています。もう一つ問題がありました。わたしが泳ぐ時間には、同じレーンで他に二人のスイマーも泳いでいます。クロールのみ、クロールと平泳ぎを交互、平泳ぎのみ、 と泳ぐ種目が違うのと、年齢(体力かな?)が違うので、どうしても追いついたり 追いつかれたりしてします。幅の狭いレーンでは追越はできません、と言うか 追い越されるほうは不愉快だし(心のストレス)、追い越すほうも体力を消耗します(肉体のストレス)。そこで誰ともなく始めたのは、前に出たいときは、前のスイマーが壁でターンをする前に レーンの途中でUターンすることです。これなら快適です。小説の「先生」は海でマイペースに泳ぎましたが、わたし(と他の二人のスイマー)はプールで"マイペース プラス"で泳いでいます。