プロフィール

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名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2025-01-01

モンゴルの思い出

< 「モンゴル回想」 A4 デジタル 2024-12-12 >

訪れたのは夏休みの最後の日、小学生ぐらいの男の子が半牧半観(光)の親の仕事を手伝っていました。明日から学校に戻るのでしょう、みずみずしい刈上げ頭でした。初めて馬に乗った私の曳手を持って横を並歩してくれました。余りに単調だったのか そのうち体を前後に漕ぎはじめました。顔を覗くと居眠りでした。無邪気なものです。帰り道、慣れたこともあって今度はこちらが眠くなり、ちょっと目を閉じたつもりでしたが、少年は大声で私に何か喋り出しました。言葉は分らなくてもその勢いから何を伝えたいか分かりました。親から言われたことを忠実に守ったのでしょう。 がっしりした体格で客好きな主人、昼食にホーショール(ラムや牛のひき肉を小麦粉の生地で包み、油で揚げた家庭料理)を作ってくれた夫人、私には目もくれない犬、一つひとつ懐かしい思い出です。

2025年はどんな年になるでしょうか。健康と平和、それに少しの冒険を味わえる平凡な年であることを願います。

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Memories of Mongolia, translation with help of ChatGTP

It was the last day of summer vacation when I visited Mongolia. A local boy, about elementary school age, was helping his father, who balanced livestock farming with hosting tourists. With a freshly shaved head, he seemed ready to return to school the next day. It was my first time riding a horse, and he held the reins, walking alongside me. Perhaps the task felt monotonous, as he eventually started rocking his body back and forth. When I glanced at his face, I realized he was dozing off. His innocence made me smile. On the way back, having grown accustomed to the ride, I began to feel drowsy myself. I closed my eyes briefly, only to be startled by the boy shouting something loudly at me. Though I couldn’t understand his words, his urgency conveyed his message clearly—he must have been faithfully following his father's instructions to keep an eye on the guests. The sturdy, hospitable master of the house, the wife who prepared hoshor (a homemade dish of minced lamb wrapped in dough and fried), and the dog who paid no attention to me—each detail lingers in my heart as a cherished memory.

As 2025 unfolds, I hope it will be a year filled with health, peace, and just enough adventure to keep things interesting.

2024-12-01

次世代の養分

 
< カトレア 油 F4 2024-11-29 >

最低気温が10℃を下回るころ数鉢ある蘭を室内に取り込んでいます。今年は2週間ぐらい遅くなりました。室内の環境が合うようで カトレアの蕾がみるみる膨らみ10日目に綺麗に咲いてくれました。その2日後には甘い優しい香りを室内に放って、一足飛びに春の雰囲気を演出してくれています。

ここ2、3年、苔を入れ替えなかったので、古い茎がいくつも折り重なるように残っています。まだ葉を残しているものや、すでに切り落とされ根元しか残っていないものなど、何世代にも引き継いできた姿が見えてきました。一本一本のカトレアの生涯に思いを馳せると、いま花をつけた茎は、別な新しい芽を生み、さらに 次の世代の養分になろうとしているようです。

2024-11-01

赤色のドット

< 「ガザに想う」 デジタル 2024-10-20 >

ハマスとイスラエルの戦闘が始まって1年、破壊された町を赤色のドットで示したガザの地図を見てきました。赤色が命を落としたり負傷した人たちのように見え、そして赤色は時間とともに広がってきました。パレスチナの人たちは今どこに住んでどんな生活をしているのだろうか、食料や医療の支援は届いているのだろうか。逃げ場のない弱い人々が攻撃に巻き込まれる不条理を思います。

イスラエルはハマスを狙った攻撃だと説明していますが、それだけでは実際に起きている人道上の惨状をすこしも理解できません。むしろ将来の憎しみを益々膨らませているように思えてなりません。戦闘はいまや隣国レバノンにも広がっています。

2024-10-01

草原のシュールな景色

< 「テレルジにて」 油 F8 2024-09-02 >

9月初め、前から気になっていた国、モンゴルを体験することができました。暑さが続く日本からなので、ゲル(移動式住宅)でキャンプするテレルジの気温、5~20℃に合う衣服を準備するのが厄介でした。悩んだあげく「数日ぐらい 何とかなる」になってしまいましたが。結局 現地ではゲルの薪ストーブに助けられましたし、晴れた夜は ひときわ冷え込むことが身に染みて分かりました。

スケッチは乗馬中に目にした光景です。ゲルに戻ってすぐスケッチブックに定着し、後から油絵に描き直しました。近くに住宅などない草原で車椅子の人を見かけるとは全く予想外でした。ここまでどうやって来たのだろうか。つい日本にいる感覚で見てしまいました。視線の先の真っ青な空と黄土色の岩山が シュールな感じがして 興味を惹かれました。遠くに まだらに刈り取られたような牧草地が見え、もう冬支度が始まっているみたいでした。

2024-09-01

頭に地図を描く

< 広瀬川・大橋 油 M10 2024-08-21 >

額の汗を拭きながら仙台駅近くから大橋の袂まで歩いてきました。涼し気な木陰に誘われて西公園に下りると、一昨日 立ち寄った絵画展でお目にかかった方に偶然お会いしました。スケッチに来たそうで ちょっと話ができました。ちょうど400年前、ポルトガル人神父と日本人キリシタン8人が殉教した碑が近くにありました。

蛇行した広瀬川が市街地を流れているせいか橋が多いようです。その中で大橋が一番気に入っています。美しいアーチ橋で 桁もゆるく湾曲していて、その先の大手門の雰囲気に合うからです。川べりに下りると、伊達政宗の霊屋(おたまや)、瑞宝殿がある丘が橋脚の間に見えました。あの手前が評定河原橋、その先に霊屋橋や大学、そして右には八木山か、と頭の中に地図を描いてみると 仙台にいる実感が更に濃くなりました。

※ 2011年9月のブログ「るーぷる仙台」のスケッチも同じ大橋です。