プロフィール

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名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2015-03-01

ニコライ堂-雪の朝

< ニコライ堂-雪の朝  水彩 >

日増しに暖かくなって雪の時期はそろそろ終わりです。去年の大雪は大変でしたが、今年のように雪の予報が出ても実際は雨だったりというのも拍子抜けです。去年に懲りた気象庁の後遺症でしょうか、微妙なときは影響が大きいほうの予報を出す、分からないでもありません。

この朝もそうでした。御茶ノ水に出る予定があったので、ついでに雪のニコライ堂を見てみようと回り道をしました。生憎、到着した頃には雨になっていて、シャーベット状になった雪が歩道や植え込みの陰に少し残るだけでしたが歩道を歩く人達は寒そうでした。広重の”東海道五十三次・蒲原”のような景色をという期待は叶いませんでした。
 

2015-02-15

第2東名工事裏(続)


< 第2東名工事裏(海老名JCT)  油絵  P15 >

先月の水彩を油絵にしました。初めて現場を見たあと2度訪ねてみたのですが大規模工事といえども少しずつ進展していて、橋梁などは新しい部分が繋がり長くなってきました。今では絵のほうが取り残された感じです。友人に見せたら、海老名のどの辺りか、富士山は北西方向になるのか、と興味を持ってくれました。こんなふうに絵を見てちょっと気にかけてくれるのは嬉しいものです。すぐ横の相模川に架かる橋はまだ橋脚しか出来ていないので、全体が見えてくるにはもう少し時間が掛かりそうです。

東京タワーや東名高速道路、それに新幹線が建設されるのを身近に見てきた世代だからでしょう、次の時代に繋がるこうしたプロジェクトに特別な感慨が湧きます。

注: この辺りからは富士山はほぼ真西に見えます。
 

2015-01-15

第2東名工事裏

第2東名・海老名JCT工事裏 (水彩)

前回の”相模大堰”に巡りあったのは実はここへ来る途中でした。建設中の第2東名の海老名JCT(ジャンクション)の工事現場です。北から伸びて来る圏央道と第2東名をここでつなごうというわけです。 頭上にうねるように大きな弧を描く道路が何本かでき始めていました。来る度にクレーンやショベルカー、建設資材の場所や形は目まぐるしく変わっていましたが、道路のほうはあまり変わりません。それでも月単位で見ると着実に大きくなっていて、数年後には巨大なループが何本も出来ていることでしょう。 秦野から大山に伸びる稜線上から富士山が工事の行方をじっと見つめているようでした。
 

2014-12-18

身近な風景

相模大堰あたり 油彩 P15

先月、以前目星をつけていたスケッチポイントに行こうと出かけました。途中、道を間違って相模川の河原に出てしまいました。予定していた第2東名の工事現場とはまったく違った風景でしたが、ひと目で気に入り座り込むことになりました。正面に、大山と丹沢を背景にした厚木の街、左に相模大堰が見えました。画面の右(外)には東名を走る車の影が引っ切りなしに動いていたものの静かな空間で、まさに「犬が歩けば、、」でした。わたしが毎日使っている水道水がこの堰で取水されていることを思うと、ここはけっこう身近な風景でした。
 

2014-11-17

城下町、篠山


篠山・川原町入り口 P10 <絵をクリックで拡大>

10月の末、デカンショ節のふるさと、篠山に何日か滞在しました。半日ほど時間が出来たのでスケッチをしに街を歩きました。紅葉がはじまった篠山城跡もよかったのですが、篠山藩当時の商家の町並みが保存されている河原町になりました。

切妻造りの家並みが整然と並んでいて落ちついた雰囲気です。ただ道幅が狭くて、そのうえたまに車が通るので場所選びが大変です。結局この町並みの入り口が見える場所に腰を下ろしました。

帰り際、ある家の前にあった説明書きを読んでいたら、通りがかりのオジサンが、「ここは元代議士はんだったよ」、「間口は13間、裏は川まで続いとります」 などと教えてくれました。間口と奥行きが家の大きさを表す基準のようです。「なるほど立派な家ですね」 と調子を合わせることになりました。