プロフィール

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名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2017-03-01

人物画のディレンマ



< 母子 F10 2017.1.20 >

昨年11月、「コスモスの咲くころ」でお話しした若夫婦に女子が誕生、健やかに育っています。まだ1か月半でしたが快くモデルを引き受けてくれました。できるだけ自然にしてもらいました。外国人だからなのか、若い母親の自信なのか分かりませんが、幸い恥ずかしがる風はありませんでした。描きたかったのは絵の題名のように母と子の絆のようなものです。どんなポーズでも滲みでているわけですが、これがいいと思いました。

さて人物を絵にするとき困るのは、似た顔にならなければいけないかどうか。まだ個性が出きらない赤ちゃんは別として、お母さんは似ているほうがいいですよね。でも、似せようと顔ばかりに注意を集中させたくはありません。技量の足らないのを誤魔化すことになるかもしれませんが、描き終わって似ていればそれもよし、そんな程度に考えることにしました。

追:秋の市展には30号に描き替えたのを出しました。
  

2017-02-01

一年ぶりの肖像


< H君 F4 2017-1>

一年ぶりにH君の肖像です。今度は少し怒ったような表情でした。聞くところによると去年葉山の県近代美術館で見た原田直次郎の絵、「靴屋の親爺」のポーズが気に入ったとのことでした。たしかにあの親爺も厳しい表情で前を見つめています。

東京電力がやっと福島第一原発2号機の原子炉直下に核燃料が融けたとみられるデブリの映像を公開しました。予想されてはいましたが、事故から6年間、なるがままの状態になっている「核燃料デブリ」の一部を目にできたわけで、改めてそら恐ろしい光景を見る気がします。事故直後からこれまでの間に、私達の危機意識が薄らいでいるとしたら もっと恐いことかもしれません。2月にはロボットを入れて調査するようなので注視したいと思います。
  

2017-01-01

不思議な取り合わせ

< 貝殻とランタン F6 2016-11 >

新年おめでとうございます。

「つれづれスケッチ」を覗いていただきありがとうございます。今年も描き上がった絵を載せていくつもりですのでよろしくお願いします。

今回の絵は貝殻をスケッチしていてたどり着いた一枚です。貝殻だけの予定が描いていくうちに小物が増えてしまいました。貝の骸だからでしょうか、貝殻だけでは余りに静か過ぎて気が滅入りそうでした。手元にあった小物を追加したら、少し語り始めてくれるようになりました。

一体どこにいたんだろう。砂浜に寄せる波の音が聞こえる、明るい海底だったのか。それとも静かな岩の影? だいぶ昔に誰かに獲られ、きれいな骸になってしまった。いろんな所をめぐり渡って、時の流れを見てきたのか。いまは私のモチーフになって、過ぎた昔を想ってみる。嬉しいとも悲しいとも言わないで。
  

2016-12-15

「ギャラ」は売れたら


< 陽だまり F6 2016.11 >

初雪が降った翌朝でした。公園を訪れる人は結構いてちょっと驚きました。来る人は寒くても来るんですね。カメラを持って野鳥を探している人や、陽の当たるテーブルでおしゃべりしている人たち。池にはカモとアオサギがいましたがじっとして動きません。体が温まるのを待っているのでしょうか。

坂道の下の陽だまりにベンチがあって、三人が肩を寄せ合って居心地よさそうに座っていました。今日のスケッチはこれだと決まったものの、黙って描いてはお互い気持ちが悪いと思い断っておくことにしました。「いいよ」、「ギャラは出るの?」と笑いながら一人。いちおう「売れたらね」と答えました。「長くかかる?」。「まだ30分は居るな」。

急いでスケッチを始めたのですが日足は早くて、間もなくベンチは陰に入ってしまいました。それでも、こちらの様子を遠目に確かめながら30分以上は座っていてくれました。三人のみなさん、ありがとう。
  

2016-12-01

古民家のある公園

< 古民家園 F6 2016.10>

町田の少し北、鎌倉街道沿いにある薬師池公園で描いてきました。スケッチや写真撮影は、公園の中心にある薬師池を跨ぐ「たいこ橋」辺りが定番のようですが、気持ちが動かなかったのでしばらく園内をぶらぶら歩いてみることにしました。

10月の半ばでしたが紅葉にはやや早く、かといって花の時期はとうに過ぎていて、ちょっと中途半端な佇まいでした。やっと決まったのは、園内にある2軒の古民家のうち旧荻野家の住宅。かつて市内にあった医院を兼ねた医者の家で、1974年に公園内に移築されたのだそうです。

1970年代と聞くとすぐこの前のような感覚がします。日々の記憶が鮮明で、活き活きと残っているからだと思いますが、それからもう40年も経っているわけです。そのぶん残りの時間が少なくなったと云えますが、終わりの時への準備のために現在の時間は使いたくない気持ちです。