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名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2023-10-01

宿場町の雨に惹かれて

< 奈良井の通り雨 油彩 F10 2023.09.23 >


ざる蕎麦と五平餅で昼をすませて徳利屋から出ると、低くなった雲から糸を垂らしたような雨でした。奈良井宿に着いた頃は薄日が差して、観光客が三々五々街道筋を散策していましたが、思わぬ雨が人々を店の中に追いやったようでした。傘を差して未だ落ち着く場所が決まらず立ちすくんでいる人もいました。店の軒下で雨宿りしながら、美しい雨の雰囲気を楽しめました。小1時間で雨が上がると、人々がまた街道筋に戻って来て、雰囲気も まるで舞台が江戸時代から現代に戻ったようでした。

奈良井は、観光関連の仕事をする家はざっと見た感じ半分くらいでしょうか。仕事や買い物に使う車が裏に止めてあり、時々街道筋を車が走っていましたし、喪中の張り紙も見ました。これが生活と観光が共存する”生きた博物館”なのだと思いました。
 

1 件のコメント:

Mizuno さんのコメント...

奈良井は島崎藤村の「夜明け前」には、木曽谷の奥筋と表現されるほど谷の奥深い所にある宿場町だった。登山に熱中していた頃、夜行列車で何度も通過していたが一度も降りたことはない。ただなんとなく趣を感じる駅名と感じてはいた。//中山道を江戸へ向かう人々はこの絵の奥に描かれた鳥居峠をやっとの思いで越えてきたのだろう。一息つきながら「この宿場で中山道の半分を過ぎた。さあもうひと頑張り」と思ったことだろう。京へ上る人は、「あの峠を越えれば後は木曽谷を下るだけ」と心をやすませたはず。//
雨は絵の中ではさまざまな形を見せる。カイユボットの「雨の朝」を見た時には、石畳に写る人影と傘で霧雨に煙るパリを描き出した見事さに驚いた。広重の「あたけの夕立」では、急に降り出した雨の強さを黒く厳しい斜線から感じた。写真家のソール・ライターは水滴の付いたガラス窓を通して、外を通る赤い傘の女性から包み込むような柔らかな雨を表現している。この絵の中に描かれた赤い傘を見て「これはソール・ライター」と同じ心境にあったかもしれないと真っ先に頭に浮かんだ。雨が奈良井の宿場町を柔らかく包んでいる。//
「長雨」を「眺め」に掛けて雨を楽しむ日本人の遊び心。日本には雨の表現は実に多彩。「こぬか雨」「霧雨」「五月雨」「氷雨」「時雨」「春雨」「秋さめ」・・・あげれば切りがない。しかし、今年は「旱天」と「豪雨」「内水氾濫」が印象に残った夏だった。気象変化の兆候だと恐れをかき立てる人もいるが、自然は大きな流れの中で循環している。「ゆったり過ごそう」涼しい季節を迎えるとその感覚が蘇ってくる。(M)