プロフィール

自分の写真
名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2021-03-01

コロナの幻想

< コロナの幻想 digital paint by procreate 2021.2.25 >
 
コロナ自粛になってから定着した毎日の散歩、季節の移ろいをよく意識するようになりました。2月に入って小鳥の動きが活発になっているとか、風に梅の香りがしたとか、菜の花をはじめ黄色がよく目立つ 等々。▼ 友人の一人が二十四節気をテーマにした写真をEメールしてくれます。1年前の、その節気の頃に撮った草花や小動物の写真が配置されています。横浜辺りでも自然の営みがけっこう豊かだと分かりました。彼はカメラを向けながら、何かを語り何かを聴いて愉しんでいるのかもしれません。▼ この1年 電子顕微鏡のコロナウィルスの像を毎日のように目にしています。これまで世界で250万人もの命を奪った恐ろしい正体ですが、どこか金平糖のようで可愛い。今回は ウィルスの誕生を幻想したスケッチです。
  

2021-02-01

清々しい笑み

< 笑み デジタル by procreate 2021-01-31 > 

 コロナ感染者数が落ち着いてきたのは嬉しいニュースです。やはり夜の飲食が感染のチャンスを大きくしていたようです。もちろん飲食店の問題ではなく、感染した人が他にうつしやすい、密になる環境だっただけのことです。政府が描く収束のシナリオはなかなか聞けませんが、いろいろな問題に対処しながら医療を通常の軌道に戻し、一斉のワクチン接種の効果につなげることでしょうか。

今回のスケッチは、Mさんからもらった写真をモンタージュして描きだした油絵を、デジタル・ペイントで仕上げたものです。たっぷり過ぎる時間の中の巣ごもり生活。弛んだ気分を一時 集中することができました。こんな時期だけに 清々しく描けたのは満足です。
  

2021-01-01

コロナのお正月

< 樹 F10 2020.12.10 >
  

現在のコロナ罹患者は4万人に迫り、移動自粛のまま 2021年の正月を迎えました。第2波が治まり切らないうちに、人々の動きを活発にしたGOTOプログラムのせいでしょうか。半年後にワクチン接種を受けられても、治療薬が見つかるまでは安心できません。

写実絵画は 3次元 (3D) 世界を、遠近法のテクニックで 2D すなわち平面のキャンバス上に表現することだと聞きます。たぶん技術的な見方としてはそうでしょう。しかしそれだけではないと思います。絵の中には、例えば時間の概念が、多かれ少なかれ混ざり込むからです。子供が描いた、いくつかのシーンが一つに混ざり合った絵を見てそう感じたことがあります。それは ”3D+” 次元の表現といえるかもしれません。遠近法のような確たる手法はないだけに面白そうです。

2020-12-01

言葉はなくても

< ハイビスカス F6 2020.11.11 >

11月に入ると気温が10℃を下回るようになり、観葉植物は室内の日当たりの良い場所に移動します。ハイビスカスもその一つで、停滞していた蕾の膨らみが一気に進んで、綺麗な花を咲かせてくれました。人と植物の相互作用というか、対話と考えると愉快です。言葉はなくても通じ合えるみたい。そんなことが今度の絵を描く動機になりました。

ハイビスカスの花は心を楽しませてくれました。いっぽうコロナ感染者数はGOTOと共にうなぎ登り。夏の第2波のピークを軽く越えてしまい、またまた重苦しい気分です。ワクチンは半年以上先なのに、経済活動を滞らせたくない政府は「(GOTOを止める)エビデンスがない」と、専門家の提言に鈍い反応だ。GOTOは、人が密になる機会を作っているのに、、
  

2020-11-01

コロナとは違うストレス

 < 小諸の秋 P10 2020.10.23 >

懐古園の裏側、高台の端から蛇行する千曲川が見下ろせます。刈り入れが終わった畑や紅葉の丘がモザイク画みたいです。

新型コロナのパンデミックは依然続いています。9カ月目に入った今ても数字の上では6月の中頃と同じ状態。医療体制がパンクしない程度に経済活動を続け、時間を稼ぐ戦略みたいです。細心の注意をしながら仕事をしている人たち、感染するとリスクが大きい高年齢者、みんなストレスをうまくマネージしないといけませんね。

ストレスといえば、最近なった首相が 口出しして、学術会議会員6名を外した問題も心配の種です。だいたい政治家の首相が 専門を精査して会員を選ぶことができるのでしょうか? 精査したのは専門とは別な視点だったのか、それは分かりませんが、なにか「不都合な事実」が隠れているような気がしてなりません。