プロフィール

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名古屋生まれの名古屋育ち。絵との付き合いは、油絵を始めた高校時代。仙台にいた頃は友人と木版画に熱中。社会人になって遠ざかったものの、退職を期に再スタート。水彩、油絵と、もと来た道を楽しみながら続けています。

2006-06-02

遠足

今年は連休が終わってから雨のぐずついた日が続いた。晴れてくれないかなあと期待しながら いつものように天気予報を見ていた。5月下旬の雷雨の夜、明日は「快晴」の予報がでた。

おいしい空気を吸いたくて、家から1時間ほどで行ける山道を散歩することにした。蓑毛でバスを降り 沢沿いの緩やかな道をだらだら登りはじめる。木曜日とあって静かだ。昨夜の雨で流れ出した落ち葉が道端に溜まっていて軟らかい。覚えたばかりの「ウワバミソウ」(山菜)を見つけた。しばらく歩くと道は沢を渡り杉と落葉樹の林に入る。思いがけず前のほうから子供の声が聞こえてきて しだいに大きくなる。幼稚園児の列だ。小さく華奢な足でゴツゴツした山道を飛び跳ねるように歩いていく。こんにちは、と元気がいい。

幼稚園児の遠足は動物園とか遊園地に決まっていると思っていた私には以外だった。樹木がうっそうと茂った石ころ道でも楽しそうだし、表情は生きいきしている。引率する人たちは大変かもしれないが、想定されるリスクを十分考慮しているなら、とてもよい教育プログラムだと思った。
  
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2006-05-15

コゴミ畑

< コゴミ畑 水彩 >

10年ほど前から春の楽しみが一つふえた。年齢のせいかもしれないが 山菜がこんなに美味しかったのかと気が付いたのだ。それから毎年春になると山菜目当てに北国に住むHさんを尋ねている。

山菜の種類によって採取する場所はだいたい決まっているが、最適な時期となると年によって変わるので 当たりはずれがでてしまう。山に詳しいHさんでも現地に行って見なければ分からない。それが今年はよく分かった。

只見川が流れるその町の積雪がゼロになったのは4月の半ば。二週間後の29日、いつもの場所に向かった。国道をはずれ 木立の中を登ると道の両脇にはまだ1メートルほどの残雪があった。たぶん林道は歩きだろうと覚悟を決めていたが 幸い除雪されていて 近くまで車で入れた。

コゴミが豊富に採れることから ”コゴミ畑” と勝手に呼んでいるその場所は杉林に囲まれているが、町を見下ろすコゴミ畑の急斜面だけが、救われたように手付かずで残っている。山葡萄の蔓が絡まった潅木をくぐって斜面に下りると視界が開ける。遠くには白く輝く御神楽岳と連なる峰々、眼下には只見川の深い水と谷間の町、この変わらない風景を目にすると心が安らぐ。

今年のコゴミ畑にはまだ多くの雪が残っていて、春の到来を遅らせていた。斜面に残る雪のあちこちに、先客の野うさぎが来た痕跡を見つけた。数十年ぶりの豪雪と戦い、枝をもぎ取られてしまった大木が、遅い春の日差しを受けて立っていた。足元を見ると出たばかりのコゴミがいくつか頭をもたげていた。
  

2006-04-23

今年はじめての山歩き

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今年のスギ、ヒノキ花粉は いよいよ終焉の時期になってきた。これまで2ヶ月ばかりの間 山へ出かけたいと思っても 花粉が気になり なかなか決行できなかった。

そんなわけで 今年初めての山歩きは 今日やっと実現した。ヤビツ峠から三ノ塔に登り 戸川公園(大倉)に下る4時間弱のコースで、冬の間に鈍った足を慣らすにはちょうどよい距離です。

うす曇のわりに三ノ塔からの視界は良好だった。タンカーらしきものが点在する東京湾越しに房総半島が横たわり、その右に大島、伊豆半島と続いているのを目にすると、相模湾が一つの大きな湖のように見えてくる。そんなことをぼんやり考えていると わたしがいま座っている丹沢山地や伊豆半島が 数百万年まえに南の海からやってきて 本州に衝突して出来たという 自然の壮大なドラマが見えてくるような気がしてきた。

風に吹かれ寒くなってきた。顔を空に向けると 太陽の回りに光の大きな輪ができていて 気分はますます自然の中に溶け込んでいった。
  

2006-03-26

マイペース プラス

学生のころ読んだ小説に、主人公の学生が海辺に住んでいる先生を訪ねた時の話がありました。昼過ぎだっか、その先生はチョッと待つように言うと、縁側からスタスタ庭を横切って浜辺まで下りていき、着ていた浴衣を脱ぐと沖に向けてまっすぐ泳ぎ始めた。姿が消えかかるほど沖まで行くと、くるっと向きを変え、今度はまっすぐ浜辺を目指して戻ってくる というものでした。その光景が印象的で面白かったので、同じように泳いでみようとしたことがあります。沖に数百メートル泳いだでしょうか 振り向くと浜辺の人たちは小さくなって 頭も体も区別できないくらいになっていた。そろそろ引き返そうかと立ち泳ぎの姿勢になったとたん、体中が氷水につかったように冷たい。突然なことで 息がとまりそうになりました。一瞬ですがパニック状態になったんだと思います。夏の青い空、明るい太陽、遠くの砂浜の人影、しかし周は、時間が止まったような静寂の世界でした。 元の泳ぎの姿勢に戻り、普通に呼吸できるまで ほんの数秒だったかもしれませんが、長く感じた一瞬でした。
 

それから長い間 泳ぐことから遠ざかっていましたが、2年前から運動不足解消のため泳ぎ始めました。もちろんプールでです。週一回のクラスでした。自分の体力や技量を棚に上げ、会費を払ってどうしてこんな苦しい思いをするのだろう、と思ったこともありましたが なんとか1年半続きました。今年からはクラスをやめ 自由に泳いでいます。自由にといっても 目標がないとすぐに止めてしまいそうなので 昔読んだ小説の「先生」を思い出し 遠泳を始めています。しかし 25メートルプールでは泳いだ距離を測るのは大変です。ターンの回数を数えるにしても20回、30回になるといい加減になってしまいます。そこで始めた簡便法は 連続して泳いだ時間を50メートル泳いだ時の時間で割って算出する方法です。「今日は75分間、3Km泳いできた」などと自慢げに話しています。もう一つ問題がありました。わたしが泳ぐ時間には、同じレーンで他に二人のスイマーも泳いでいます。クロールのみ、クロールと平泳ぎを交互、平泳ぎのみ、 と泳ぐ種目が違うのと、年齢(体力かな?)が違うので、どうしても追いついたり 追いつかれたりしてします。幅の狭いレーンでは追越はできません、と言うか 追い越されるほうは不愉快だし(心のストレス)、追い越すほうも体力を消耗します(肉体のストレス)。そこで誰ともなく始めたのは、前に出たいときは、前のスイマーが壁でターンをする前に レーンの途中でUターンすることです。これなら快適です。小説の「先生」は海でマイペースに泳ぎましたが、わたし(と他の二人のスイマー)はプールで"マイペース プラス"で泳いでいます。
 

2005-11-02

シシ茸採り

10月の終わり、少し遅いと感じながらシシ茸探しに山に入る。二日続いたぐずついた空模様で、そろそろ身体を動かしたくなっていた。

シシ茸は香茸(コウタケ)のことだそうで、この地方ではそう呼ばれている。シイ茸より大きく色は濃い、カサの中心が根元まで窪み中空になっていて、表面には黒っぽい毛がある。外見は、『香茸』とよぶより『シシ茸』のほうが形をよく表している。初めて見たときは、身の毛がよだつというか、到底 食べる気はしなかった。しかし、その強烈で独特な香りは、なかなかの上味で、やはり『香茸』と呼ぶのがふさわしいと思うようになった。
  

国道から下り 少し行くと 錆びた鉄鎖の車止めがあった。3、40年ほど前まで 国道として使われていた道だと 案内してくれた Hさんが説明してくれた。今はひっそり静まり返った国道跡を歩く。ウルシが美しく紅葉していたが、周りの木々はまだ青い。途中、Hさんがスズメバチの巣だと言って 15メートルほどの木の中ほどを指差した。淡い縞模様で 一抱えもある大きな塊がぶら下がっている。幸いスズメバチの歓迎は受けなくて済んだが、自然と首が竦み 急ぎ足になる。半時間ほど歩き獣道に分け入る。二人で歩くとよほど気が落ち着くが、前を歩く Hさんが見えなくなると 腰からぶら下げた熊よけ鈴を わざと鳴らしたくなる。覆いかぶさる草や枝を払いながら さらに15分進む。何年か前 シシ茸が篭いっぱいに採れたという秘密の場所はそこにあった。雑木林の中は昨日までの雨でまだヒンヤリ湿っていて ときおりキノコの匂いが漂ってくる。注意深く木の根元を調べる。シシ茸は見つからない。枝を跨ぎ、傾斜を踏ん張りながら探すこと一時間ばかり、西に傾き始めた陽が うす雲に明るく映っているのを見たとき 疲れがスーッと消えるのを感じた。